放射線の専門家として原爆、原発事故、放射線被ばくについて説明します。
過去に広島と長崎で原子爆弾を経験し、福島原発事故を経験した日本人として、また、放射線の仕事に携わる技師として、許しがたいものがあります。
そこで、『管理されていない放射線の恐さ』と『管理された放射線は安全』について、考えます。
原子の構造
先ずは、原子を簡単に説明します。原子の中心には、陽子と中性子からなる、原子核があります。その周りを電子がぐるぐる飛び回っています。
中学生の頃に元素記号の覚え方で『すい、へー、りー、べー』(H、He、Li、Be)と覚えましたよね‼️その2番目のHe(ヘリウム)について説明します。陽子が2コ中性子が2コ、電子が2コで出来ています。
ヘリウムの原子核はアルファ線でもあります。ヘリウムの同位体は、中性子1コ、陽子2コ、電子2コの安定な状態で自然界にあります。
特殊なものを除き、放射性でない物質の陽子と中性子と電子の数は同じですが、放射線物質は、陽子の数と中性子の数が違うため不安定な状態ですので、安定な状態になろうとします。
原子爆弾の原理
原子爆弾に使われる放射性物質は、ウランやプルトニウムです。広島に投下されたのはウラン爆弾で、長崎がプルトニウム爆弾です。今回は、ウランについて説明します。
自然界に存在するウランは、ウラン238で、中性子が146コ、陽子が92コの放射性物質です。
半減期が約45億年とべらぼうに長いため安定した元素と同じ扱いですが、学問的には放射性物質です。
原子爆弾として使われるウランは、ウラン235で地球上にある含有率は0.72%と少なく、大部分はウラン238です。よってウラン235は高価なウランでもあります。
ウラン238は核分裂の連鎖反応を起こさないウランですが、ウラン235は陽子数92コ、中性子数143コで核分裂を起しやすい性質を持っています。
ウラン235は、ウラン鉱を掘り出して濃縮することで、発電所や原子爆弾に利用します。
原子爆弾には、90%以上の濃縮ウランが使われます。濃縮率20%以下を低濃縮と言い、 軽水炉型原子力発電では、3%〜5%の低濃縮ウランを使用しています。
上記の図が人工的な核分裂を模型化したものです。原子核に中性子を①ぶつけると②核反応が起こり原子核は分裂します。
③その時、熱エネルギーと中性子(2コ~3コ)を出します。この繰り返しが核分裂連鎖反応です。
原子核に中性子が当たり、核分裂、熱エネルギー、中性子とその他の放射線が放出されるまでの時間は10のマイナス13乗秒(10兆分の1秒)程度と一瞬です。
広島型原子爆弾(リトルボーイ)
実際の核爆弾は、多くのウラン235を2つの容器に分けて入れ、その外側に火薬を詰め込んだ形をしています。
その火薬を同時に爆発させ、2つのウランの塊を1つにすることで、連鎖反応を起こします。
2つの塊にする理由は、これ以上大きなウランの塊を作ると、自然(圧力やその他の条件によって)に連鎖反応が起きてしまう恐れがあるため、臨界量より少ない塊とするためです。
1つの塊となったウラン235が連続して核反応を起こせば、巨大な熱と爆風を発生させ、多くの放射線や核物質を飛び散らせます。
核爆弾の恐ろしいところ
核爆弾の恐ろしいところは、通常の爆弾より大きな威力があるだけではありません。多くの放射線を発生させることと、核物質を飛び散らせることです。
従来の爆弾は、爆発により命を奪ったり怪我をさせたりしますが、原爆はその後にも大きな影響を与えます。
人体に大量の放射線が当たれば数日中に死に至ります。少ない(中程度)放射線でも身体に悪影響を与える恐れがあります。
もう一つ怖いのが被爆地や大気中にばら蒔かれた核物質です。地面に落ちた核物質からは、放射線が出ていますし、空高く舞い上がった放射性物質は、雨に混じって降って来ます。(広島では、黒い雨がふってきました)
放射線の被ばくは身体の外からだけでなく内からも被ばくさせます。何らかの原因で手に着いた放射性物質が口から体内に入れば内から被曝が起こります。
空気中に漂う放射性物質が呼吸によって肺に取り込まれればこれも内部被曝です。
体内に取り込まれた放射性物質がアルファ線を出す物質であれば問題が大きくなります。放射線の影響については後述します。
人の急性放射線障害
原子爆弾の爆風や熱によっての死やケガを除いて放射線の障害について考えてみましょう。
ある物体に放射線を照射した時、その物体が受けたエネルギーを現すのが㏉(グレイ)という単位です。
人体に多くの放射線被ばくを受けると、線量によって、障害の程度や死亡原因、死亡時期が違ってきます。
放射線急性死には線量の大きいほうから分子死、中枢神経死、胃腸死、骨髄死に分けられています。
分子死と中枢神経死
1000㏉以上の高線量が当たれば、即死(分子死)です。細胞が機能停止となり死に至ります。
人体に100㏉以上の線量を被ばくすると、中枢神経の障害により2日以内に死亡します。
人体に20㏉以上当たると中枢神経障害が起きて、5日以内に死亡します。
胃腸死
人体に10~20㏉の被ばくがあると5~20日程度で死亡します。強い胃腸の障害を呈して死に至ります。
食欲不振や血便を伴う激しい下痢や発熱を経て死に至ります。胃腸死で死に至らない場合には、骨髄死になります。
骨髄死
人体に2~10㏉の被ばくがあると30日以内に多くの人が骨髄障害で死亡します。
造血器官の障害によっておこる骨髄死です。死亡しない場合でも血球減少や感染症により重篤な状態を起こします。
LD50/60と現すことがありますが、これは、半致死線量を現しています。60日以内に50%が無くなるという意味です。LD100とは100%死に至るという意味です。
その他の放射線障害
人体に2㏉程度の被ばくがあっても放射線による死はありません。1㏉の被ばくでは放射線宿酔と呼ばれる症状が現れます。
放射線宿酔とは、頭痛、倦怠感、吐き気、嘔吐などを言います。0.25㏉の被ばくでは、抹消血液中の血球数の減少が起こります。
放射線の影響
放射線の人体に与える影響は、被曝する放射線の当たり方(急性、慢性)被曝場所(全身、局部)の種類、量、時間によって大きく変わります。また、外部被曝と内部被曝でも大きく違います。
急性被ばくと慢性被ばく
先ず、急性(一度にいっぱい被曝)と慢性(長時間少しずつ被曝)を比べると!急性の方が身体に悪影響を与えます。
慢性期被ばくは、被ばくと被ばくの間に組織の回復が起こるため、慢性被ばくのほうが影響が少なくなります。
全身被ばくと局所被ばく
全身に被ばくした方が身体への影響は大きい。言うまでもなく全身に浴びる放射線のほうが、部分的に被ばくするより大きな影響があります。
原子爆弾による放射線被ばくの多くは全身被ばくであり、局所被ばくはないと言っても良いでしょう。
放射線の種類いろいろによる被曝
放射線の種類についての説明をします。アルファ線と中性子線による被曝が人体に与える影響は大きいです。
中性子線は、速中性子と熱中性子線に分けられエネルギーが大きいのが速中性子線で小さいのが熱中性子線です。アルファ線とは、ヘリウムの原子核であり質量(重さ)が大きいため、人体に悪い影響を与えます。
中性子線の質量は大きくありませんが、性質上人体と同じ、原子番号の小さい元素と反応するため、人体への影響は大きいです。電磁放射線(エックス線、ガンマ線)は透過力がありますが、質量(重さ)を持たないため、人体への影響は小さくなります。
エックス線、ガンマ線の人体に及ぼす影響(放射線荷重係数)を1とした場合、陽子線は2、中性子線は2.5〜20、アルファ線は20です。放射線防護の観点から言いますとアルファ線は、紙1枚で遮蔽できます。
速中性子線は金属は透過しやすく、防護には、パラフィンや水が使われます。同時に発生するガンマ線やべータ線防護のために鉛や鉄で防護します。
外部被ばくと内部被ばくとは❓️
放射線の被曝には、外部被曝と内部被曝があります。外部被曝とは、文字通り人体に対して外部の線源からの被曝を言います。内部被曝とは、体内に入った線源からの被曝をそう言います。
内部被ばくは、アイソトープ検査のように血管注射や服用、食物による経口、呼吸による取り込み、傷口からの侵入、誤飲などがあります。(皮膚に着いた場合も被曝は大きくなりますので洗い流す必要があります)
アルファ線による内部被曝
内部被曝で問題になるのがアルファ線です。アルファ線は飛程(飛ぶ距離)が短く遮蔽がしやすいのですが、線源が体内に入ると大問題です。
一度アルファ線源(RI核種)が体内に入ると、その物質が無くなるまで攻撃(被曝)を受けます。また、透過力が弱く、細胞に与える影響が強い放射線ですので、直接皮膚や組織に大きな影響を与えます。その攻撃力(ダメージ)が他の放射線より強くなります。
原子力発電所の事故
1986年4月26日に、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国のチョルノービリ原子力発電所4号炉で起きた原子力発電所事故です。この原発事故による放射性物質の放出物質は、広島への原爆投下より400倍程度とされています。
大気圏内核実験(各国の原爆実験)による汚染と単純比較した場合、その放射性物質の総量比率は100分 ~1,000分の1に過ぎないので、如何に多くの実験が地球上で行われたことがわかります。
福島原子力発電所で2011年3月11に発生した地震に伴う津波により冷却用電力の喪失からメルトダウンを起こす大惨事となり日本人にとっては辛い経験です。
発電所では、地震による揺れの影響は少なく問題とならない程度でしたが、津波による影響は大きいものでした。
津波の想定は6m強程度と考えられてましたが、実際は13m以上あったとされています。
事故後の緊急作業時の被ばく線量が250mSvを超える者もいたが。健康被害は確認されていません。
JCO臨界事故とは?
1999年9月に茨城県のJCO東海事業所で起きました。ウラン235の濃度3〜5%の低濃縮ウラン燃料を製造している工場で、高速増殖実験炉用のウラン235濃度18.8%の高濃縮ウランの製造をしてました。
硝酸ウラニル溶液を沈殿槽にバケツで流し込む作業を行ってました。バケツによる流し込みの最中に沈殿槽内で硝酸ウラニル溶液が臨界となり、強い中性子線とガンマ線が周囲に放射されました。
臨界とは、
核分裂は、中性子を放射性物質にぶつけることで誘発します。ぶつける中性子の数と作られる中性子数が均衡状態であることを臨界と言います。また、原子炉内の核分裂が持続的に始まるようになることを言います。
医療放射線検査と治療
医療の検査(撮影)で使用される放射線は微々たるものです。人体を透過する程度の弱い放射線が使われますので、被ばく量も極力少なく抑えられています。アイソトープ検査で使用される放射性同位元素は、半減期も短い物で体内から排泄しやすい物質が使われます。
放射線治療で使用される放射線は、ガンを死滅させることが目的となりますので、強い放射線が使用されます。全身に照射されると、問題を引き起こす線量ですが、狭い局部(ガン)への分割照射を行うため、大きな問題となることはありません。
もう少し詳しく言いますと、局部と言っても正常組織は含まれないので、正常組織には、放射線が当たらないようにしていて、ガンに大線量を当てる工夫がされています。患者さんの血液データを管理しながら治療が継続されます。
医療放射線とは、『管理された放射線』ですから、安全な放射線と言えます。
最後に
放射線を扱う技師として、チョルノービリ原発への攻撃はあってはならないことです。小型の原子爆弾を使う可能性もあるようですが、これだけは決してやらないでほしい。
原子爆弾や原発事故での放射線被ばくは、大量の放射線被ばくとなりますが、医療での放射線被ばくは微々たるものであり、原爆や原発事故とは別物と考えるべきです。